ドキドキしちゃう/当世独身王子事情(パート4)

年末に一挙公開した『当世独身王子事情』シリーズを久々にアップする事にしよう。

今回のネタは仕事で知り合った多摩っ子のヒカルちゃん(仮名・29才・調布出身・三鷹の都立高校→国立にある国立大学商学部卒)。推定身長170センチ弱で細身とやや小粒ながら、次課長の井上に小池徹平を少々振りかけたようないかにも今時のキュート・ガイである。会社の作業ブルゾンさえ着ていれば何を着ていようが大抵許される職場環境にありながら、髪の毛はきっちり丁度いい具合に立てていて革のカバンやら靴やらもいちいち可愛らしい。聴く音楽のセンスもいい。気になる仕事ぶりはと言うと、基本的にはそのルックスに反して(?) きわめて地道でロジカル、残業は厭わず海外出張も多数。…とここまではまあ、ない話ではない。さしずめ愛知の工場に咲く一輪の花、とでも言っておこうか。工務の今井翼(岡田准一、という説もあり)、の異名を取った事もあるみたいだし。

しかしヒカルちゃんのすごいところは他のところにある。彼のベクトルは、どういうわけだか全て『モテ』へとまっすぐに向かっているのだ。「このクルマに乗っていればモテる」「こういうところに行けばモテる」「『グローバル』がつく部署はモテる」等々、気持ちはわからなくもないが全てやたらベタなのが特徴。何と「愛知でウチの会社の社名を言えばモテる」を売り文句に出身校の就活学生男子どもを口説きまくる腕前が買われて毎年リクルーターに選出されていると言うのだから恐れ入る。もはや会社公認(うそ)。さすがはかつて『なんとなく、クリスタル』を輩出した大学である。ちなみに彼のライフサイクルは『3月:ジムに通って秋冬についた脂肪を燃やす、4月〜7月:毎日腹筋・腕立てをする、8月:沖縄ナンパツアー、9月以降:全てのエクササイズを中止』という、ただひたすら沖縄でモテるために生きているような内容になっている模様。ここまで来れば、一本筋は通っている…と言えなくもない。
そして何よりもすごいのがクルマだ。自動車工場のサラリーマンらしく日頃会社の往復には系列会社の軽自動車を愛用しているヒカルちゃんだが、何を隠そう約2年前にポルシェ・ケイマンを700万円出して購入しているのだ。元々クルマバカゆえに自動車メーカーに入社した経緯を持ち、かつ「モテ」こそ人生の指針としている彼にとってそれがベストチョイスだったことは想像に難くないけど、しかしこの辺りの自動車関係会社は世間でもてはやされているほど高給ではない。電車通勤を標榜しつつこっそりアルファ159を買う課長さんはアリ、という生活水準では、ヒラでポルシェなんて(例え安価ラインのケイマンでも)間違いなく非常にキビしいのである。…というわけで、残業代がフルでつく限り必死かつ全力で仕事をするのがヒカルちゃんのポリシーとの事。なるほど、そういう訳ね。。まぁ手抜きしないだけ男気はあるって所か。果たして今時本当にポルシェのクーペがモテの対象になるのかどうかは謎なところだけど(私なら同じ値段出すならカイエンかBMWの5シリーズワゴンがいいなぁ)、多分に妄想系ロリコンの気のあるヒカルちゃんがターゲットとする女子大生〜20代序盤女子ならそういうわかり易さが今でもウケるのかもしれない。

この他、極度の下戸、魚食べられない、野菜食べるとすぐ腹を壊す、10代女子に萌える、東京のクラブではKO大学卒24才と全てを詐称してナンパに臨む、若い子との出会いを求めて結婚相談所への登録を企む、部屋は文字通り万年床以外CDとマンガで埋め尽くされていて足の踏み場がない…等ネタの尽きない、仲間内では『クズ野郎』『単なるバカ』『ガキ』として愛されるヒカルちゃんであるが、つい最近、飲み会に行く道すがら車で拾ってもらう機会があった(下戸だけにどこへ行くにもいつも車なのだ)。「今度なんかあったら乗せてよー」という私のリクエストに応じてくれたのか、はたまた単にアフターでギャルを引っかけに行く気なだけなのか、乗ってきたのは軽ではなくご自慢のポルシェ・ケイマン。
…迂闊だ。
ものすごく、我ながら不甲斐ない事この上ないのだが、糊の効いたシャツの衿を開けたヒカルちゃんが、かったるそうに窓に肘をかけて待ってくれているその横に乗り込む瞬間、私はどうしようもない、しかも懐かしいドキドキ感に包まれたのだった。そう、あれは何かにつけやたら強気だった女子大生の頃。合コンで知り合ったテレ局勤務の『オヤジ』から、(きわめて健全で紳士的で下心のない)デートに誘われて待ち合わせした時、相手が乗って来たのがポルシェ911だった。正真正銘独身で、しかも結構カッコよくて、今にして思えばヒカルちゃんよりほんの少し年上なだけで、でもあの頃の私には『只のオヤジ』で『単に一回ポルシェに乗せてもらいたくて誘いに乗った』だけだったあの時、でも私はものすごくドキドキしていた。ベンツでもBMWのZ3(時代を感じますね)でもなく、もちろん彼に、ではなく、単に「金曜の夜、ブサイクではない“社会人”が運転するポルシェの助手席に乗り込む自分」というそのシチュエーションに。そして目の前にあったあの車そのものに。
…あれから●年。縁あって様々ないわゆる高級外車の助手席に乗る機会に恵まれたにも関わらず、これだけアドレナリンが出まくったのはあの時以来だった。ヒカルちゃんは決して『オヤジ』どころか『オトナ』ですらない、只の『バカなガキ』で恋愛感情など起こる可能性は1ミリもないにも関わらず、そしてその後首都高を走ってお台場へ口説かれに行くわけでもなく、ごくごく健全に皆が待つ飲み屋へ乗せていってもらうだけなのに。
だから敢えて、残業時間に制限がかかって今後ポルシェを維持できるかどうか悩むヒカルちゃんに私は言いたい。とりあえず死守しろ、あのクルマには確かにシンデレラの馬車にも匹敵する魔力があるのだ、と。(ま、それで彼が思うような女子が釣れるかどうかは、また別の話なんだけどね。)