おとめ、開封 〜新人さんいらっしゃい編 (1)

それは2014年5月20日、午後5時過ぎ。私はひとり、何やら茫然自失の様子で兵庫県宝塚市をさ迷っていました。確かに海外永住者向けの新幹線ひかり自由席までなら乗り放題できるJRレイルパスの有効期間中の出来事、東京で友人に会ったり大阪の義父母を訪ねたりそんな事をしている最中だったのですが、これに関しては単発単独行動。
そう、5月4日に母とバスツアーに参加して観たはずの宝塚歌劇団宙組ベルサイユのばら・オスカル編』をまたしても観に来てしまっていたのです。つまらなければネットで定価で売ればいい、と強気で多めに抽選に申し込んでいた、ダブルキャスト別日程のチケット(とは言え1日、1枚しか当たらなかったので、両方のキャストパターンがどうしても観たければ妥当なビッドだったっぽい)。観てみるととってもとっても楽しくて、「もう1回観たーい☆」と言えるものだった…のでふたたび、今度は電車でひとり足を運ぶことにしたわけなのですが。
…それがすごかった。何だかよくわからないけれど芝居の毒気が異常に強くて、その大箱でハデハデきらきらな演出で名作マンガのつぎはぎシーンをやっているとはとても思えないような渋い濃厚さに、観ていて何だかくらくらしてしまったのです。とりあえずバカバカしい感じでクレーンでペガサス宙乗りでもやってもらわないと(←恐ろしい事に実話。いざ観るとすごくすばらしくて思わず拝んでしまうほど)観光バスで来ていた農協のシールを胸に貼ったおじいちゃんおばあちゃんには微妙かも知れない、そんな内容になっていました。なぜこうなった。そういう芝居はもっと、下北あたりのキャパ100人くらいの劇場で、もうちょっと地味な演出と衣装でやってくれよ。それはそれで観に行くから。でもそれってぜんぜん宝塚じゃないけど。


くらくらした私は、すっかり血がのぼってしまった頭を冷やしたくてとりあえず夜風ではないけれど今にも雨が降りそうな宝塚市街をふらふらとさ迷い、ふたたび宝塚大劇場の前まで戻ってきていました。何しろここは東京宝塚劇場とは違うどアウェー、もと来た道をそのまま戻らないと帰り方がわからない。天気が悪い事もあってすでに暗くなってきている中、はたして大劇場は明るい光を放ち、次々に人が吸い込まれて行きます。


あれー?兵庫の宝塚大劇場って、いちばん遅くても15時開演がラストで、夜の公演はないんじゃなかったっけ?


そう、その日は、宝塚歌劇団が誇る伝統「新人公演」が上演される日だったのです。具体的には、1ヶ月にわたって1日平均1.5回以上のペースで続く長い公演の中のほんの1回だけ、本来はまだ端役しか与えてもらえていない若手たちだけでお昼の公演と同じ内容にチャレンジする…というワークショップのようなもの。若手ばかりの至らぬことも多々ある舞台ということで、チケット代は通常公演の約半額。劇団員を“生徒”と呼ぶ組織にふさわしい育成手段であり、「新人公演は大事なのよ、その他大勢だと目立たなくても、まあ素敵★っていう人が見つかったりするのー」とこの40年ほど宝塚から遠ざかっていたはずの母が自信まんまんで言うようにファンにとっては地下アイドル発掘的なマニアックさも併せ持つ、すばらしいシステムだと私は思います。そして、なぜかその新人公演だけは、夜の18時開演らしい。


ふーんなるほど、とまだまだぼんやりした頭のまま人の波を眺めていたところ、門の前で何人かの人が所在無げにしているのが目につきました。宝塚に関してはまだまだ初心者とは言え、コンサートや演劇を観に行くことに関してはすでにキャリア20年、むしろ当時ジャニーズの追っかけを極めていた従姉に光GENJIのコンサートに連れて行ってもらってから考えれば25年すら越えていそうだな…というわけで、ライブ開演直前の雰囲気を察知する力はそれなりにあります。


「…これは、“券あるよ”の人だな!」


試しにそういう方々のなかのおひとりに声をかけてみたところ、やはり。定価以下の値段で譲っていただけることになりました。清く正しく美しく、宝塚歌劇の精神はファンにも生きています。“券あるよ”の人がいても、それはあくまでも、「一緒に行くはずの友達の仕事が終わらなくて、チケット余っちゃった。空席を作るのも申し訳ないし…」というものの模様。というわけで、定価以上の値段を吹っかけてくる『ダフ屋行為』とは無縁のようです。劇団のホームページの奥の奥まで熟読すると、「お客様同士の座席券の転売につきましては、おやめいただきますようお願い申し上げます」と明記してあるのだけど、営利目的での譲渡ではないから本当の意味での違法にはならないはずだし、どうしても文句が言いたいならかりそめの観劇友達とワリカンで観たと言い切ればいいじゃんねー(実際席に座ったら、その譲ってくれた人がお隣にいらっしゃったので、思わず終演後にお礼と一緒に感想をお話ししてしまった)。ウルフ観劇がデフォルトな私には、それだけでも「観劇友達ベスト5」には確実に入ってしまうわ。


…というわけで、図らずもレアな(正攻法ではなかなかチケットも手に入らないらしいです)「新人公演」を観ることになったのでした。初の新人公演、そして演劇ファンはアタリマエらしいのですが、個人的には初のダブル観劇。二度とあるとは思えないレア体験なので、本項続く。