あいにきてサウダージ

「東洋人街の安い和定食屋の2Fがカラオケボックスになっていて、わりと使いやすいらしい」


…という噂を聞きつけて、どこからか4人の駐在妻が集まった。AさんとBさんは同じマンション、AさんとCさんはゴルフ仲間、BさんとDさんは語学学校の同級生、CさんとDさんはカードゲーム仲間…という、なんだか数学の“集合”みたいなつながりである。ちなみに平均年齢は約38才の見込み。ちなみに私はDさんです。


さて問題の和定食屋2Fは、なるほど確かに古き良き小汚い、しかしまごうことなきカラオケボックスだった。例えて言うなら20年くらい前に郊外によくあった、空き地のコンテナハウスを改造したオーセンティックなやつ…


「やー、なんか学校サボってカラオケ来てるような気になりますね」と盛り上がりつつ、ソース焼きそば、春巻き、から揚げ、ポテトなどこれまたいかにもソレっぽいメニューを頼み、そして忘れちゃいけない瓶ビールもオーダーする。もはやテンションはMAX。ちなみに時間はもちろん、駐在妻らしくランチタイムである。


果たして、最初に入った曲は『Hello Again〜昔からある場所』だった。もちろんいきなり一同大合唱…
90年代半ば〜2000年代前半に生み出されたキラ星のごとくミリオンヒットの数々は、生まれも育ちも、そしてこの街に来てからの生活パターンすらバラバラな私たちにとって、しかし全員が歌詞なんかでなくてもソラで歌えるくらい親密なのだった。歌は人の気持ちをつなぐ。いつしか駐在妻同士にありがちな上品なよそよそしさは姿を消し、他人の目は大して気にせず歌本を読みあさり、カラオケなんて10年以上ぶりだという子もタッチパネル式のリモコンの操り方も完璧にマスターし、長ったらしい後奏はすっ飛ばし、まあいわゆるごく普通な感じでカラオケをエンジョイしていた。


ちなみに私はすっかり声が出なくなっていたのでポルノグラフィティなんか歌っていたのですが、『サウダージ』って言葉のニュアンスがようやくキチンと理解できて(ボサノバ用語だと思いこんでいた)スッキリしました。語学、習ってみるものだなあ。中学校に入って英語を習い始めてはじめて『あいにきて I・NEED・YOU!』の意味がわかった時とまったく同じ感動。大人になってからの手習いも悪くないなあとこんなどうでもいいところで思ってしまう。


窓のない安普請、外はすさまじいスコールに襲われていたようで、ものすごい雨と雷の音だけが聞こえてきたのだけれど、私たちにとっては「雨〜?」「うん、たぶんすっごい降ってる…」雨が降っているという事実すらなんだかおもしろくなってしまった。昼間からさらにビールが進む進む。ああ、た、楽しい…!!!
…もちろん、めくるめく3時間のカラオケを終えて店の外に出てきた頃には、すばらしい青空が広がっていたのでした。