松田直樹メモリアルゲームに思う

夜中に、こっそり地上波をネット配信してる某サイトを開いて3×5センチくらいのちいさなウィンドウから松田直樹メモリアルゲーム」を観る。観ている人が多いのか(そうそう、名古屋でも地上波放送はせずに西村京太郎サスペンスの再放送やってたんだってさー。中日とかフィギュア関連番組を代わりにやってたならともかく、なんでだよー。とりあえずグランパス関連なら、楢さんもオグも田中隼磨も出てたのにさー)、モザイク以下の画像しか観れない。
ああ、行きたかったなー。確信犯的に記念チケット(安い自由席を1枚だけ)持ってたのになー。


しかし松田ってホント、「殉職して二階級特進」の人だなあと思う。何だか随分神格化されちゃって! お悔やみの言葉がブラッターから? ファーガソンから?(後者は、松本山雅のメインスポンサーがマンUの機材サポートもやってるからっぽいけど)そしてこの面子! 普通に引退していたらこれほどのメンバーは…集まったかもしれないけど、地上波生中継はなかったと思う。もはや“日本サッカー三大聖人”はカズ・澤穂希松田直樹で問題ないでしょう(!)。

寂しいことがひとつ。私の中での松田は、若い頃はずいぶん可愛くてかっこいいルックスで、人間的には最後までしょうがない人って感じで、何よりサッカーが上手かった。ロングフィードの精度とかタックルの鋭さとか、細かなテクニックが本当に上手かったりした選手だった。予想外な行動も含めて、生観戦してあれだけ見応えのあった人はそういない。それが、ただ「熱い人」とだけ表現されて聖人化して後世に残ってしまうのが、少し悔しい。(ちなみに「しょうがない人」と「聖人」はナットイコールではない、と私は思う。マラドーナなんかはわかりやすいけど、サッカーの聖人は、けっこう人間的にはしょうがない人も多いから)



そして、改めて松田の死について。この日記でも何度も、折に触れて書いてきたけれど、8月に改めて思ったのは、「そうか、私たちはもう、誰かの葬式でもないと全員集合することができない年齢になったんだなあ」ということ。家族があり、仕事があり、生活がある。何のきっかけもなくただ友達のために集まることなんて簡単にはできない。8月の松田の葬儀で集まった懐かしい顔ぶれの個人差はあれど各々がすっかり老けた顔つきに、生まれて初めてサッカーの試合に釘付けになったアトランタオリンピックからもうずいぶん長く生きてきたんだな、と改めて気づいてしまって愕然とした。それは松田じゃなくて私自身の話。何も変わっていない気がしているのに、全てが変わってしまったことを改めて思い知らされてしまったので、余計にショックを引きずっているのだと思う。いい加減このネタも最後にしないとな…と思いつつ何度もネタにしてしまったのは、そういう理由もある。



最後にテレビでは殆ど触れられていなかったけれど、前座試合をした松本山雅もまた、松田とは別軸で面白い、山間の古い街にある愛すべきローカルクラブ。実際にはイングランドともドイツともスイスともイタリアともオランダやギリシャクロアチアやロシアとも違うのだけど、どこか“ヨーロッパのクラブ”の匂いがする。そう、アニメ『魔女の宅急便』の舞台になった“街”が、南欧の白い壁と中欧の黒い森とイギリスの優雅なカントリーサイドが混然としていて(そして美術スタッフが実際にロケハンに行ったのは北欧らしい)、でも私たち日本人にとってはどこよりも“ヨーロッパの街”として思い出す風景に似ているのと同じように。
あのアルウィンというこれまた異国的な、雄大な山を望む小ぢんまりとした球技専用スタジアムに、サッカーのルールも知らないままに週末のサッカーを楽しみにしているゴール裏の子どもや初老の人たちを、いつかまた観に行きたいなと思う。
ただ、松本山雅の当時から在籍する選手に「いつまでも“マツさんのお陰”とか、リーグもシーズンも変わるのに松田を引きずるな。気持ち悪い」って叩く多くの人たちは、まあそう言わずに。だって、ついさっきまで元気だった、厄年も迎えていない年齢の仲間が目の前で突然白目をむいて倒れてそのまま病院に運ばれて亡くなる…なんて、人生誰もが経験することではないでしょう?