さようなら (続き)

中古車屋にオットの愛車を引き取りに来てもらった夜はひどい強風だった。目を開けていられないくらい。でも、そのお蔭で私もオットも泣いたりしないで済んだのかもしれない。

強風の中、ふたりで来た中古車屋にタイヤや純正オーディオみたいな付属品を先に渡して、いよいよクルマを引き渡す。いつもの車庫から、外へ。外へ出た瞬間、もうこの車は、うちのクルマではなくなる。


「乗る?」オットが言う。「うーーーーん、じゃあ、そうしようかなあ」私は返して、助手席に乗る。歩いて中古車屋たちのところに戻るよりは、楽だしね。

「最後だしね」すっかり殺風景になったクルマに乗り込むと、オットは言った。「そうか、最後なんだね」と私は気付く。川崎じゃない、横須賀じゃない、落ち込むオットを叱咤して夕食に連れ出したランドマークタワーでもない。最後のドライブが今はじまるんだ。


たった二十メートルの最後のドライブ。マンション地下にある機械式駐車場の、その中では比較的奥の方にある車庫から、出口へ。


シャッターが開いて、外に出る。外の光が目に飛び込んでくる。今までのどんなドライブよりも、不思議な高揚感があった。


そして次の瞬間、私達のそのクルマでの最後のドライブは終わった。


中古車屋が運転していく、さっきまで愛車だった車を見て「そういえば、あいつが動いてる姿を見たのってほとんど初めてかもしれない」とオットはつぶやいた。運転を絶対に人に任せない奴だ、たぶん本当なんだろう。「こうして見るとやっぱ、しびれるなあ」さらにつぶやいた。私も、さっきまでの高揚感が残っているだけに、ひどい反動を感じていた。


思っていた以上に、私たちは大切なものを手放してしまったのかもしれない。

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この日記は5月31日のエントリなのだけど、後から思い出して書いているので、後日談。新車カタログの収集が趣味のオットですが、車を売った以降、自分のかつての愛車のカタログばかり眺めていて、気持ち悪いです。不機嫌だし。落ち込んでるし。ああ、これからどうするんだろう…。こんな事になるなら、無理言ってうちの親に引き取ってもらうことをもっと真剣に交渉すればよかった…(さり気なく切り出した時はあっさり蹴られたけど、ゴリ押しすればよかったかも…)。