私は狩猟民族

それは2日前のお昼、社員食堂における女子社員4名の会話。明日はWBCの決勝だねえ、いや密かに高校野球もやっていて私は本当はそっちの方が好きなんですよ、それにしても日本×韓国カードは見飽きましたねえ、などという話題になったところ、かれこれ3年以上一緒にお昼を食べている2児のママ・Aさんが言った。
「でもさ、またこれで日本が勝っちゃったりしたら、また韓国がものすごいバッシングをして大変な事になるんじゃないかなあ…」
「そうですよねえ。なんかその後のことを考えると、勝てないなら勝てないで、後々もめなくていいような気が…」 入社1年目で結婚、私より2年後輩にもかかわらず既に幼稚園児のママでかつ現在2人目を妊娠中の後輩Bちゃんが続けた。
「そうだよねー。暴動とか起きると嫌だし、そうまでして勝たなくても、ねえ」有休消化もあるためあと数日で産前休暇に入る先輩のCさんも大きく頷いた。


…この人たち、本気か?


念のため説明しておくと、私を含む4人とも“実は韓国or北朝鮮国籍を持つ”“夫が韓国系ハーフ”“韓流タレントの××さんの熱烈ファン”といった背景は何一つない、日本生まれ・日本国籍の日本人である。しかし、私を除いた3人が、つまりは「韓国に勝ってもらったほうがいい」と言っていたわけである。「特に対日本の時の韓国のやる気と粘り強さはハンパじゃないからなかなか勝つのは大変だろうけど、せっかくだから絶対勝って欲しいなー」と単純に思っていた私は、少し驚いた。

私ももう大人なので、そこで「えー、私は『今度こそもう1回コールド勝ちだー!』って思いますけどねえ」とは敢えて言わない。その場は曖昧に笑って終わったのだけれど、帰りの電車であれこれ考えざるを得なかった。

まず、「私は相変わらず人に合わせるのが苦手なんだなあ」という事。会話の流れに合わせて気のきいた事ひとつでも言えればいいのに、きっと曖昧な笑顔どころか顔自体は絶対「えー」と言っていたに違いない。皆大人だからいいものの、これが小・中学生の仲良しグループだったらちょっと困る展開が待っていそうな話だ。
そして、「ああ、私ってリスクヘッジができない人間なんだなあ。しかもすっごいあからさまな負けず嫌い」という事。後々のバッシングや自分自身の落ち込みなど考えもせず、というか考えたけど「スポーツなんだから勝ちたいに決まってるじゃん」でおしまい、な私には「負けるが勝ち」の発想などまるっきりなかった。自分のあからさまな負けず嫌いっぷりが浅はかで、これは少しこっぱずかしい。…と同時に、妊娠・出産経験のない自分はやはりものすごく男性的に偏ってきているのではないのだろうかと、少々不安になったりもする。何か、完全に男性的かつ狩猟民族的な発想だもんね。それって、年頃の(敢えてそう言ってみる)女子としてどうなの?

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でもって2日後の今日。延長戦の末、見事日本が勝利した決勝戦から一夜明けてもなお、日本国内メディアはWBCフィーバーである。適度に情報操作をしているのか、はたまた今回は皆が危惧したほどでもなかったのか“日本の国旗を燃やすソウル市民”みたいな映像も出てこない。そして私はというと、仕事の合間に携帯のワンセグで見るだけだった試合をあらためて振り返っては「…しかしこの試合展開、私が韓国人だったら悔しくていらいらして、泣けてくるよなあ…。追いつく度に期待しちゃってさ…」と妙に韓国寄りの感想を抱いていたりする。
勝った途端に同情するなんて、まったく、現金な狩猟民族っぷりである。