もしもあなたが去っていったら

男性比率の高い会社に就職して早●年、中でも男性比率が圧倒的に高い部門に異動してからでも早▲年。先輩から同期、後輩までさまざまな男たちの恋愛と結婚を見てきたという自信だけはある私ですが、中でも非常に興味深いエピソードがあります。いわゆる、「結婚を決意する瞬間」。「デキちゃったよー」などというのは論外ですが、今回のテーマはそれ以外でありがちながらきわめてううむ、と思っているパターンです。

「いや、オレはもう、他の子と付き合い始めちゃっててさ。でもあいつが、死んでやるって言うんだよ。だからもう、しょうがねえなあ、こいつはオレがいないと生きていけないんだ…って思って」というパターン。男性側のカタガキ・ルックス共にキャッチーであればあるほど、そしてその男性の「俺様」度が強ければ強いほど多いのがこのケースです。

女友達まで巻き込んで、「(女子)イヤだー、○○君と別れるなら私、死んだ方がマシぃぃぃぃ!」「(急ブレーキの音)」「(友人)ちょっと▲子、▲子ってばやめてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」などというハタ迷惑な電話を男、もしくは男の友人にかけてひと騒動起こす女子もいれば、静かにドリエルを大量摂取して病院に運ばれ、女子のご両親から男に電話がかかって来るパターンまで多少の差異はありますが、文字通り、別れを切り出した男に対して「死んでやるぅぅぅぅぅ」とかなり真剣な芝居(なんだろうか?)を打つのが概要です。特にそこに至るまでの交際期間が10ヶ月以上であれば、この事件が結果として意中の彼との婚約・結婚に結びつく勝率の高さと言ったらハンパではない。心底恋愛にのめりこめる女子であれば、試してみる価値ある手段と言えます。

しかし、下記のような事件を見てしまうと、そうとばかりも言っていられません。

・別れ話、トラックから振り落とす 後輪にひかれ女性死亡


28日午後6時半ごろ、愛知県刈谷市東境町の伊勢湾岸自動車道刈谷パーキングエリア上り駐車場で、走行中の大型トラックから女性が振り落とされ、市内の病院に運ばれたが、骨盤骨折などで同日午後10時47分に死亡した。刈谷署は29日朝、トラックを運転していた兵庫県姫路市仁豊野、トラック運転手山川智広容疑者(34)を殺人の疑いで逮捕した。

 同署によると、山川容疑者の逮捕容疑は、交際していた愛知県大府市明成町1丁目、会社員大岩友美さん(33)がトラックの運転席のドアにしがみついているにもかかわらず、発進させて振り落とし、右後輪でひいて死亡させた、としている。

 同署によると、山川容疑者と大岩さんは、28日午後5時ごろ、刈谷パーキングエリアで待ち合わせ、別れ話をしていたという。山川容疑者が東京方面に車を出そうとしたところ、運転席のドアに大岩さんがしがみついてきた。山川容疑者が大岩さんに降りるように言ったが聞かなかったため、発車させたという。

 同署は、山川容疑者が「死んでもかまわないと思って車を発進させた」と供述し、容疑を認めているとしている。
asahi.com朝日新聞社)2008年9月29日11時2分】

死んでやるとは言っても、本当に死んでしまっては洒落になりません。しかしこの容疑者の男、よく殺したなあ。実話としてあれこれ聞いたことがある私としては、被害者の女性の行動はある程度あり得る話だと思うんだけど、「死んでもかまわない」ってねぇ。また、随分ひどい奴に当たったんだなあと思わざるを得ません。だって、このテの行動を起こした女子に対して彼氏(モトカレ?)が折れて結婚に至る確率って、少なくとも私の周囲では、軽く9割超えてるもん。それを振り切るだけならまだしも、トラックで轢き殺さなくても、ねぇ。

…そこでハタと気付きました。私が知ってる男たちは、何と言うかこう、非常に限られた層、具体的には愛知県西三河地区を中心にはびこっているあの自動車関連企業グループの、中でも大手数社の社員ばかり。そして事件の舞台は、まさにバリバリその中核をなす自治体の一つである刈谷市です。そして被害者の女性の居住地である大府市も、ギリギリ尾張・知多にあたり西三河ではないものの、刈谷市に隣接する上あのグループの大きな工場もいくつか存在する地域。一方の容疑者男性は、あまり愛知県とは関係なさそうな兵庫県在住の模様です。

もしかしたらあの「死んでやる結婚」は、この界隈独特、この業界というか企業集団独特のものなのではないか。
管理教育の牙城・愛知県に根付く企業と、その企業城下町で暮らす人々は、もしかしたら世間一般の認識に比べてきわめて優等生的なものの考え方なのかもしれない。だからこそ、そこまで追い詰めてしまった自分に責任を感じて「しょうがねえなあ」と結婚を決意する。そして、ひょっとしたら被害者女性は、そんな優等生的な(ここでは単に東大や慶應や名大を出ているという意味ではなく、地元の工業高校を卒業後新卒で現場配属して今に至る、というパターンも含む)男たちばかりを見てきたのではないだろうか。だとしたら、いくら何でも去ろうとする車のドアにしがみつくところまですれば、絶対に焦る筈だ。でも一方で、「うわっ、キモいこの女…」と心底嫌になるというパターンも、よく考えれば十分あり得る。もしかしたらそれはそれで多数派な気もする。

もちろん去り行く車のドアにしがみつく女なんてのは正気の沙汰ではありませんし、それに対して「死んでもかまわない」と振り落として轢き殺す男も決定的に狂っていると思います。でも、もしかしたらこの別れ話、文化の違いさえなければもうちょっと穏便に片付いたのではないだろうか…と思わざるを得ない私なのでした。実は密かに「そんな、●●君がいなくなっちゃったらあたし生きていけないぃぃぃ」と叫んで電柱に激突したくなるような恋に落ちる事に憧れていたりもするのですが、それにしてもいやあ、こんな文章を書いてる限りありえないんだろうな、こりゃ。