ピエールの思い出

最近、仕事が忙しいです。会社の事情で「サービス残業はさせないから残業時間そのものを減らせ」というお達しが出ているにもかかわらず、今まで触ってなかったプロジェクトがまるまる一個どーんと来てしまったんだからタイミング悪すぎ。ハッキリ言って頭パンクしてます。先週なんか何度となく立ちくらみがしたけど、どう考えてもアタマを酷使しすぎたからだよなあ。残念ながら私は、今の仕事に関してはお世辞にも一生を通して関わりたいと思えなくて、正直本当に、今後の生活のためだけに働いている感じなだけに、つらい。
しかし、頭が痛くて死にそうなのを何とか我慢しつつ、何とか今日中にできるところまで仕事をやりきろうとしたその時、天啓のようにある一人の人を思い出してしまったのです。
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その名はピエール(仮)。もちろんばりばりの日本人である。数年前同じプロジェクトで働いていた、まあ上司と言うか先輩と言うか…という人物だ。お雛様をびっくり二重瞼にしたみたいな顔の彼は、きちんと妻子がいる身ながら、どうにもこうにも今で言う『おネエ★MANS』だった。具体的には、「他に男性がいないわけじゃないのに、ランチメイトは同世代の女子社員数名。しかし黒一点ながら完璧に溶け込んでいる」「可愛らしいもの、エスプリの効いたものが大好き」「どう見ても2時のワイドショー的な節約術に長けている」「建設中のラシックのオープンに心躍らせる」「一人称がオン・オフ問わず『わたくし』」等々。ちなみに何故ピエールなのかというと、彼にとって人生最大のハイライトは新婚時代ともラップする数年間のフランス駐在だったので何かと言うと「フランスではさあ☆」とパリジェンヌに憧れる往年のオリーブ少女のようにうっとりした表情を浮かべていたからに他ならない。ジャンとかシャルルと言ったなみいるフランス臭い名前の中でも、特に『ぴえ〜る』というちょっと間抜けで可愛らしい響きがいかにもそれっぽいと思ったので、私はこっそり心の中でそう呼んでいた。
このピエール、本来仕事ができないわけでもないにもかかわらず、どうにもこうにも仕事が嫌いであるらしいのも特徴だった。そのテンション、今にして思うと明らかに今の自分レベル。つまり生活のためだけ、って事なんだけど。そんなピエールが常々言っていた台詞があった。

「明日でいい事は、今日やらなーい。」

…何と言う脱力ぶり!!! 30代半ば働き盛りな準管理職の台詞とは思えない、明らかに古きよき腰掛けオーエル的発言。しかもそれで本当に大抵毎日定時退社をかましてデパートをうろついたりしていたのだ。すごすぎる。
でも、そんなピエールと組んで仕事するのは結構楽しかった。そう言えば全社的にコンピューターウィルスにやられた時なんて、PC使えなきゃ仕事にならんとか何とか言って二人でオープンカフェへお茶しにいった事もあったなあ。何かすごい悪いことしてる気分になって、めちゃくちゃ楽しかった。
ちなみに、私もピエールもプロジェクトの完了と同時に異動になったんだけど、異動後数年間のピエールは、人が変わったように忙しく仕事をしていたんだそうだ。バリバリに働いて昇進して、そこまでは良かったんだけど突如として急性&悪性の飛蚊症(目の前を黒い蚊が飛び回るように見える現象。網膜剥離の前兆の場合もあるらしい)に襲われたのだと言う。さらにそこからメンタル病み気味になって、最近ようやく閑職に追いやってもらったらしいんだけど…。すっかり独立独歩のフランス人気取りだったピエールに、「今日できることは無理してでもやりきる」ニッポンのモーレツ真面目リーマンマインドは、やっぱり無理だったのか。
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「明日でいい事は、今日やらない」。サラリーマンにあるまじき心構えです。でも私はそれを思い出した瞬間、とっととパソコンを閉じる事にしてしまいました。会社の外に出た瞬間、私を襲ったのはどうしようもないウキウキ感と開放感。…ま、たまにはいいでしょ。