偏差値75の『すべり止め』

会社の後輩に、困った女子がいる。冷静にジャッジして多少険はあるがコケティッシュさのある美人だし、適当に賢くて適当に軽くて、まあモテない筈がないタイプだ。しかし彼女には彼氏がいない、それもこの2〜3年。というわけで、彼女に想いを寄せる男性は、もちろん後を絶たない。追いかける男たちが多すぎるのは、時としてトラブルにもつながる。さて、どうしてこうなるのか。
理由は簡単。彼女には、おそらく最高の選択肢、これ以上ない『すべり止め』がまだ残されているのだ。大学1年から社会人2年目まで、6年近くつきあっていた彼、というのがその回答である。
そのずっと長くつきあった人、というのは、まあ誰が聞いても理想的な彼氏そのものらしい。具体的には「さわやかな容姿」「知識が多くて頭がいいけどそれを自慢しない」「グループ企業の中でも高給とされるT通商勤務」「全てのスケジュールを完璧に合わせてくれる。思いつきで呼び出しても怒らずやって来る」「誕生日やクリスマスはもちろん、『ふたりの記念日』も色々プロデュースしてくれる」「最初の頃は浮気されたけど、最後は全くそんな事はなくなって私一筋になった」…等々。別れに至ったのは、プロポーズされた際彼女がまだ結婚に踏み切れなかったからなんだそうだ。そしてその彼は今でもその想いを断ち切れらいらしく、「誕生日には年の数だけバラが実家に届く」との事。しかしそんな彼の努力も空しく、「一度ダメだと思い始めたら、もうダメ」と彼女は見向きもしない。
にも関わらず、相変わらず彼女のジャッジは厳しい。思いつかないほど様々な基準があって、それらの基準から少しでも外れると、もうダメなのだ。「自信まんまんの人は嫌」「頭の良くない人は嫌」「髪の毛はハゲてなくて短めで立ててないと嫌」「スーツ着て会社に行くサラリーマンしか考えられない」…とよくぞというくらい色々出てくる。殆どその細かさといえばコントの領域で、一番笑ったのは「送ってくれた車がスポーツカーだったの!ありえないよー」である。スポーツカーと来たか!
スポーツカーに乗る男。確かに1000万円改造に突っ込んでるとかはまずいけど、あとは別につきあってから洗脳して変えさせればいいだけの話じゃないのかなあ、私の知り合いだって結婚後にクーペからSUVやワゴンに変えた男の子は結構多いし、などとそこで言うのは単なるお節介なのだ。だって彼女はこの上ない完成品の『すべり止め』を持っている。そしてそういう人はものすごく『常識的』で『最低限の責任感は持ち合わせている』から、普通は収入的に安定してきた時点で、具体的には25〜28の時点で、24〜29の『結婚適齢期』になっている彼女の誕生日かホワイトデーにでもプロポーズして結婚済というのが、悲しいかな現実なのだ。しかも相手は過去。そして過去は往々にして多少は美化されるものだし。ぶっちゃけその元彼を基準にしている限り、それを上回る相手にめぐりあえる可能性など、年を取れば取るほど限りなくゼロに近づいていくと、私は自分自身の実感として思う。悲しいけどそれが現実なのだ。最高の『すべり止め』は、時として新しい恋の最大の弊害なのかも知れない。
そんな彼女、しかしながら最近になってようやく「でも最近あの時みたいな楽しい恋愛はやっぱりもう出来ないのかもなぁとおもう」というメールを元彼に打ってみたらしい。速攻で返ってきた返事は「自分も最近同じことをおもってた」だったとの事(というか彼としては千載一遇のチャンスだろうけど)。いいぞいいぞ、それが正しい道だよ。だって、そんなに彼女のペースに合わせてくれて、しかもそれが楽しいなんて思ってくれる男は、もう残ってないと思うよ、実際。