終着駅へ

そう言えばあの人は何をしているんだろう、と思った。
電車の中だ。
その電車の始発駅は彼の生まれ育った街、終着駅は恐らくまだ彼が働いているであろう街だった。
…このまま乗って行っちゃおうかなあ。
今の座席に座ったまま、さんざん快速や急行に抜かされながらもフラフラ眠りながら乗っていけば、その街に着ける。彼の会社の場所はわかっている。近くのスターバックスで仕事が終わるのを待っていた記憶だってまだまだ鮮明だ。そして今、時間はまだ朝で、他の予定などどうせ大して気乗りはしない。幸い財布には最低限の現金もクレジットカードも入っており、天気はよく、電車はがらがらだが比較的新しそうな車両で、恐らくなかなか居心地の良い電車の旅になるだろう。
やー、突然訪問かー。今さらストーカーって程深刻でもないし、結構面白いかも! 私はニヤニヤして、次にはっとする。もしも待ち伏せとか偶然を装うとかしちゃってあの人に会っちゃったところで、どうするんだろう。何を話すんだ。そもそも、夢に出てくるだけで嬉しくなるあの顔と声を久々に目の当たりにしたら私はどうなってしまうんだ。ましてや、薬指に指輪なんかあったらどうすればいいの私!!! そうだ、冷静に考えればそんな事があってもちっともおかしくないくらい、もう時間は経ってしまったのだ。
…そしたら泣くどころじゃすまないわ。
逡巡しているうちに電車はそもそもの目的地に到着し、ついに決心しきれなかった私はダラダラと電車を降りる。反対側のホームには彼の生まれ育った街を行き先にした電車が止まっている。降りたホームの電光掲示板には今乗ってきた電車がまだ表示されていて、煌々と光るあの街の名前が目に飛び込んでくる。それが少し滲んだように感じられたので私は慌てて目をこすり、改札へと向かった。ちっとも気乗りのしない用事を適度にこなして一晩眠れば、きっとこんな事も忘れてしまえるに違いない。