疑似ヨーロッパ体験〜「クラシコ 〜Clasico On The Edge」

clasico

今日見た単館レイトショー映画の概要。


1. のどかな山岳地帯。ほぼ隣接しているにもかかわらず、歴史的に対立してきたふたつの街がある
2. 街のひとつは寺院(短い夏のフェスティバルが美しい)を中心に栄え、ひとつは城(春の花が美しい)を中心に栄えた、いずれも歴史ある街
3. 現在はどちらもひとつの共同自治体に組み込まれているが、そのきっかけは国の政変直後にあった庁舎の火事によるドサクサ紛れの統合。どこか胡散臭い
4. それぞれの街には小さなサッカーチームがあるが、フロント・サポーター・市長まで一丸となって対立し、その2チームでのダービーはさながら代理戦争。スタジアムのエントランスから明確にホーム&アウェイを切り分けて小競り合いを防いでいるにもかかわらず、スタジアムの外では一触即発の挑発
5. サポーター達は若者から高齢者まで幅広く、夜な夜な街の気楽で小汚いパブに集い、酔っ払いながらサッカーの話(を通じた隣街の悪口から、ナショナルチームへの愚痴まで)をしている


…なんだか、こう書いてみるとどこかヨーロッパ、サッカーが盛んな国の話にしか見えない。しかしこれ、れっきとした日本の、しかも4部アマチュアリーグ(当時)の『信州ダービー』を題材にしたドキュメンタリー(なので、「映画」としての出来はやや荒い)。
舞台は長野県、善光寺で有名な長野市松本城をシンボルにする松本市のサッカークラブで、パブならぬ焼き鳥居酒屋も実在の模様。ああ、意図的に少々単語をヨーロッパふうに置き換えてましたすいません。でも他は事実。かつて「筑摩県」という県の県庁所在地だった松本は、廃藩置県後に火事で県庁が焼けちゃった事から長野県に統合されたのを今でも恨んでいて、自分達を「長野」とは名乗らないんだって。 実際、松本深志高校卒の大学の後輩が出身地を聞かれる度に「信州・松本です」って答えてたのを今でも覚えているので、事実なんだろうなあ。そういえば国立大学も長野大学じゃなく信州大学だし。両方に気を使っているのだろうか。


そんな2つの街にあるサッカークラブの対決は、無駄に熱い。「将来的にはJ2を目指す」「その前にアマチュア全国リーグのJFLを目指す」4部リーグなのに、スペインやイタリアやスコットランドにあるような、大真面目なダービー=サッカーによる代理戦争をやっているのだ! サポーターも多い! その他の同クラスのクラブは5人くらいしかサポーターがいないのに、ダービーともなると下手なJ1並に観客が入る! いやむしろ、リーグ昇格や天皇杯でのJ1ジャイアントキリングよりも4部地域リーグでの信州ダービーのほうが大事!



若い頃から知っていたサッカー選手が年を取って松本に移籍したのをきっかけに興味を持った映画だったけど、ああ面白かった、恐れ入った。いやあ、信州大学のセンセイの「日本で『クラシコ』と呼べるのは信州ダービーだけ」 という身内びいきな解説は伊達じゃない、これだけヨーロッパに近い心意気でダービーをやってるのはたぶんこの人たちだけ、な気がする。 Youtubeで見た松本サポーターが掲げる「筑摩県独立」のゲーフラは、本物のクラシコで出ている「CATALUNYA IS NOT SPAIN」の横断幕とほぼ同義なんじゃないだろうか? 少なくとも『多摩川クラシコ』あたりよりは重い、土と血の匂いがする。

…でもそれって、ふたつのクラブに同じような実力がないと面白くないんだよ。レアルマドリーバルサは言うに及ばず、この間セリエAの番組を見ていたらA.C.ミランのオーナーとサポーターがリーグ優勝や欧州チャンピオンリーグそっちのけでインテルとのゲーム差だけを気にしていてちょっと笑ってしまったのだけど、ミラノダービー(これも、そもそもは階級闘争が背景にあったらしい)だって燃えるのは双方の実力が伯仲してるからだもんね。 「県庁も新幹線もオリンピックも北(長野市)に取られて、サッカーまで先に上へ行かせるわけにはいかねえ」と暑苦しく燃える松本のおっさんと共に松本に激しく肩入れしたくなるのかなあと思いきや、いや「大型補強した松本につき離されすぎるな長野!」と思ってしまった私である。他人事で申し訳ないけど、だってそのほうが断然燃えるじゃん。何とか松本と一年差でJFL(それでもまだ「日本3部」「J3」なんだけど)に上がってきた長野(こちらはこちらで監督がW杯出場時のイラン代表監督だったり、その後任もJリーグのそこそこ有名な選手だったりする)の継続した今後の奮起も、ぜひ期待したい。


っていうかやっぱりヨーロッパみたいな話なのだ。
10年以上前、フランスで少なくともリーグアンにはおよそ縁がなさそうな一見してしょぼいクラブチームであるにもかかわらず、そして大雨だったにもかかわらず、そこそこにちゃんと熱心なサポーターが入っている屋根なし古いサッカー場を通りがかって「やっぱ本場はスゲエな」と恐れ入ったのを思い出しつつ、昨年マルタを旅行したときに「EUROでもELでもタダの斬られ役A」なイメージとは裏腹にすごーくサッカーが好きで根付いている様子に「裾野が広いなあ…」としみじみした記憶もよみがえりつつ、要はそういう話なのだ。
しかしここは日本。サブタイトルの英語は意訳すると「最果てのクラシコ」「極東のクラシコ」というところだと思うけど、極東のサッカーもここまで来たか、とも取れる。 …そりゃあ、サムライブルーも親善試合でアルゼンチンに勝ち、ワールドカップで準優勝布陣のオランダ相手に善戦するわけだ。


最後に、映画館に入ったら、よくあるフリーペーパーやらチラシやらと一緒に「長野市」と「松本市」それぞれの観光案内冊子がもらえて思わずクスリと笑ってしまいました。…そりゃ作らないよなあ、合同の冊子なんて。でも、善光寺松本城も子どもの頃に行ったことがあるんだけど、今見ると新たな良さが発見できそうなので、ちょっと行ってみたくなった(サッカー観戦も込みでね)!